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先輩と後輩とわたし

今日は、はるさやをじじいとばばあに・・・もとい

じいじ、ばあばにあずけて

わたくしは、オリムピック・スタッフ足利クラブにておゴルフ。

ムム!さては、そのために娘たちを連れてのお泊まりだな。

と、お思いの方もいるでしょう。

正確!

ていうか、我が家では前々から(と言っても、つい最近)

今日は『ママの日』と(ゴルフを入れてから)決めてたので。

これは、日頃から家事や子供たちの面倒に追われてる家内を

解放させてあげようという日なんです。

だからの、子供たちを連れての里帰りなんですね。

え?そんなパパも自由にしてるですって?

その通り!

でも、これでいいんですって。

ママは一人でフリータイムの、パパは子供をあずけてゴルフ。

孫をあずかるとじいじとばあばは喜ぶし

また、子供たちは両親の監視下から離れわがまま放題。

これを、一石四鳥と言います。


ということで、今日のメンバーは

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足工野球部の1年先輩の新居さん(僕の右)と

その右は、松島さん(現・諏訪さん)と1年後輩は饗庭(僕の左)の

4人は、言わば高校の3年、2年、1年の間柄。

いや、実に恐ろしい絵ですね。

とは言っても、当時からしてみればですけど。

饗庭なんか、この二人との会話なんてほとんどないでしょうからね。

それが、3年と1年というもんですよ。

そうなってくると、この場合

2年の僕が、非常に貴重な立ち位置にあるわけで。

まさか、この歳になってそれもないですけどね。

それに高校の時から、二人ともいい先輩でしたし。

松島さんは、同じピッチャーの先輩なんですが

一つ下の僕に、いつも気を遣ってくれてました。

この3、4年は仕事でフィリピンに単身で行ってたらしですね。

新居さんは、セカンドで2年生からレギュラーでしたから

僕が1年生で投げてるときから、後ろでよく声をかけてくれて

それに、すごく野球を知ってる先輩でした。

饗庭は、僕が3年生のときにセンターでレギュラーで

打って守って、よく助けてもらいました。

今では、息子をTAAに入れていたということもあり

オフには顔を合わせることも多く、人の顔を見れば

『何かください!』とくれくれマンは

すっかり、慣れたもんですけどね。


そんな饗庭も、今じゃ少年野球の監督だし

また、新居さんにしてもスポーツ学校で

小学生から高校生までと、幅広い世代の子供たちに

野球を教えていたりします。

実は、カープの相澤も新居さんの教え子だったりするんですよ。

こんな4人も40を過ぎ、高校当時とは

まったく変わってしまった出で立ちに違和感を感じつつも

ラウンド中は、昔話に花が咲き

その話してる顔は、まさに当時そのものでした。

これでも、一応は第69回大会の花の甲子園組ですからね。

懐かしい話ばかりで、すごく楽しかったです。

しかし、今日は天気の方がね。

それこそ、カープのキャッチフレーズじゃないですけど

『破天荒』でした。

文句なしの晴天ではあったんですが、風がね。

独特の赤城颪が、びゅーびゅー吹き荒れて

そう、俗に言う空っ風ですよ。

寒いし、ボールはどこ飛んでくか予測がつかないし

まあ、おっさんたちにはキツかったですね。

でも、考えてみれば

25年くらい前は、こんな中で平気に練習してたんですからね。

『気合いだー!』とか言って。

今の時代じゃ、信じられないかも知れないけど

それが当たり前。

そういう過程があって、今の僕らはいるのだと思います。

それを思うと「今の足工はなぁ」と。

やっぱり、先輩方は常に母校のことが心配らしいですよ。

だから、がんばろうぞ!足工球児。


がんばろう!日本。

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