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つ・ち・あ(や)

土屋に会って来ました。

というか、最後のお別れに行って来ました。


土屋とは、同級生で同じ栃木県は足工の野球部。

3年間、甲子園を目指して苦楽を共にした球友です。


その土屋の訃報を知ったのは、昨日のゲーム後。


うそ・・・。


「信じられない」そんな気持ちで土屋の携帯に電話しました。

奥さんが出ました。


今朝、起きてこなかったと・・・。


ほんとだった。


前の日まで、元気だったそうです。


いてもたってもいられず、今日栃木へ。


自宅にいるというので。


通夜はもちろん、告別式にも出れません。

今日を逃したら、永遠に会えないから。


土屋とは、何年か前に会ったのが最後。

今度ゆっくり会いたいなって。

土屋も、ずっと会いたいと言っていたらしい。


そう、思うと余計に。


まさか、こんな会いかたをするとは思わなかったから

すごく後悔してます。


土屋との出会いは、足工野球部でした。

中学時代は、赤見中と佐野北中でライバル同士。

土屋はキャッチャーで僕はピッチャー。

当時、彼は一目置かれている存在だっただけに

「こいつとバッテリー組んで甲子園!」

と思ったら、すごく嬉しかったのを覚えてます。

ただ、彼は高校に入ってからは伸び悩んでたな。

キャッチャーとして。

3年になると、外野を守るようになり

結局、3年間バッテリーを組む夢は叶いませんでした。


人間的にも、すごくいいヤツ。

先輩方からもとても好かれていました。

僕ら同級生の間でも、ギクシャクしてる時に

土屋がいい緩和的存在になっていたような気がします。

陰でグチも言わなかったしね。

ほんといいヤツだった。

ほんとに・・・

ほんと、最近こんなのばっかりだ・・・辛いな。


会いに行くまで、いろんなことを思い出していたら

ちょっと、ヤバかったけど。

けど、彼の前でお母さんや奥さん、子供を見て

「俺、しっかりしなきゃ」と思ったら泣けなかったね。


学童野球の土屋は監督で息子は選手。

ちょうど、僕が5、6年生の時、

やっぱり、土屋と同じくらいの歳でうちの親父も監督してたからね。

辛い・・・そりゃ、辛いよ。

気丈に振舞おうとしている息子さんを見たら、耐えられなかった。


「頑張って、パパを超えろ。パパの夢を叶えろよ」と。


少なくとも、土屋もプロ野球を目指していた一人だから。


確かに僕が知る土屋は、高校3年間の土屋かも知れない。

けど、その3年間こそが土屋なんです。


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だから、高校の時使用していたグラブを土屋のもとへ。


100712_181435.jpg

そしたら、土屋の家にも当時のミットが・・・。


あの世で実現するかもね。


石井ー土屋のバッテリーが。


行くぞ!つ・ち・やー!


俺は、おまえの分も頑張る!


絶対、頑張るから。


もし、土屋と面識があって

ここで彼の訃報を知ったという方、是非会いに行ってやって下さい。


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